宇都宮家庭裁判所 昭和34年(家イ)173号 審判 1959年8月10日
本籍 朝鮮黄海道 住所 栃木県
橋本キミこと 申立人 全キミ(仮名)
本籍 朝鮮黄海道 住所 栃木県
橋本忠一こと 相手方 全順生(仮名)
主文
相手方が昭和一八年一二月○○日朝鮮黄海道瑞興郡○○面長受付にかかる認知届出により申立人を自己の子であるとしてなした認知は無効であることを確認する。
理由
申立人は主文同旨の調停並びに審判を求める旨申立て、その事由の要旨は申立人の母橋本ノブこと全ノブは相手方と婚姻前昭和七年八月頃栃木県下都賀郡○○町大字○○八〇四番地相川好正と懇意となり情交関係を結ぶようになつたが同人の父母に反対され結婚するに至らなかつたものであるが、昭和八年四月○日(戸籍には昭和九年一月○○日生と記載されているがそれは届出の誤である)申立人を出生した。
これより先昭和八年一月頃申立人の母ノブは相川好正との関係をたち、その後昭和一〇年四月頃申立人を連れ子として相手方の許に嫁ぎ、昭和一八年九月○○日法律上の婚姻届出をした。そのようなことから相手方は申立人を事実上親子関係がないのに恰も実子の如く装い、昭和一八年一二月○○日朝鮮黄海道瑞興郡○○面長に対し申立人を自己の子として認知する旨の届出をなし同日受付られたため申立人は母ノブの婚姻前の戸籍から父である相手方の戸籍に入籍された。
しかし相手方の申立人に対する認知は真実の親子関係が存在しない無効のものであるから主文同旨の調停及び審判を求めるというにある。
本件につき昭和三四年七月九日開かれた当裁判所の調停委員会の調停において当事者間に合意が成立し、相手方が昭和一八年一二月○○日申立人を自己の子であるとしてなした認知は申立人と相手方との間に真実の親子関係が存在しないので無効であることにつき当事者間に争がないので、当裁判所は関係者の戸籍謄抄本を始め当事者雙方の審問及び証人橋本ノブこと全ノブ同相川好正の尋問をなす等必要な事実の調査をなした結果、本件の事実関係は申立人の上記主張のとおりであることが認められる。
而して申立人(形式上)と相手方及び母ノブは北朝鮮人であるところ法例第一八条によれば、認知の要件は子については認知の当時子の属する国の法律によるべきものとされているから申立人については日本民法によるべきであるが同法において、認知の当事者間に親子関係の存在すべきことは認知の最大要件というべくこれをかく認知はいかに形式上認知の外形を備えて居つても実質上無効であることは明瞭であり又父母については認知の当時父又は母の属する国の法律により定めるべきであり、認知の効力は父又は母の本国法即北朝鮮の法建に依るべきものとせられているが(尤も母ノブと相手方とは昭和三〇年八月○○日栃木県下都賀郡○○町役場に離婚の届出をなしこれが受理されているが両人が認知当時は勿論現在も北朝鮮人であることにかわりはない)北朝鮮の法律は現在当裁判所においてもこれをつまびらかにすることができない。従つてこのような場合には条理によつてこれを判断すべきものである。よつて条理に基いてこれを検討するに認知については当事者間に真実の親子関係の存在することが最も重要な要件であることは事柄の性質上当然であり、これを欠く認知が無効であることは何人にも明瞭な道理であるといわなければならない。
よつて申立人が親子関係のない相手方より自己の子としてなされた本件認知の無効であることは条理上も当然であり日本の法律も是認する処であるからその確認を求める本申立は正当として認容さるべき理由があるので調停委員会の調停において当事者間に成立した合意に相当する審判をなすを相当と認め、家事審判法第二三条法例第一八条に則り主文のとおり審判をする。
(家事審判官 池田滋)